1992年生まれのアラサー世代、ふと「あのころ流行ったものって何だっけ?」って思うことありますよね🤔 懐かしいものを思い出すと、心が温かくなって癒される瞬間があります。今回は1992年生まれの方が子供時代を過ごした90年代後半から2000年代前半に大流行したおもちゃ、ゲーム、文房具から、学校で流行した遊びまで徹底解説します!

平成4年生まれの皆さんが小学生だった頃といえば、たまごっちやデジモン、プレステ2の時代。女の子たちの間ではプロフ帳や交換ノートが大流行し、男の子たちはベイブレードやミニ四駆に熱中していました。当時のトレンドを振り返って、「そうそう、これ持ってた!」と懐かしい気持ちに浸れる記事をお届けします。
記事のポイント!
- 1992年生まれが子供時代に遊んだ懐かしいおもちゃやゲーム機の完全リスト
- 小学生時代に流行したコミュニケーションツールや文房具
- 平成の特撮ヒーローやアニメの黄金期を振り返る
- 今でも手に入る復刻版グッズや当時の人気アイテム
1992年生まれが夢中になった懐かしいものと90年代後半のトレンド
- 1992年生まれの子供時代に大ヒットしたたまごっちは電子ペットの先駆け
- スーパーファミコンからPlayStation2まで進化したゲーム機の歴史
- 懐かしの特撮ヒーロー番組はジュウレンジャーからクウガまで一気に変化
- 90年代後半に爆発的人気を博したデジモンとポケモンの対決
- ミニ四駆とベイブレードはアニメと連動して男子の心を掴んだ
- ファービーなど海外発の電子ペットも日本の子どもたちを虜に
1992年生まれの子供時代に大ヒットしたたまごっちは電子ペットの先駆け
1992年生まれの方が小学校低学年だった1997年頃、バンダイから発売された「たまごっち」は社会現象と言えるほどの大ブームを巻き起こしました。調査によると、たまごっちは1990年代に爆発的なヒットとなり、所有していることがステータスになるほどの人気を誇っていました。
小さな卵型の筐体の中に住む不思議な生き物を育成するという、当時としては画期的なコンセプトは、特に女子高校生を中心に大ヒット。学校に持ってきて休み時間やトイレの時間にお世話をする姿が見られたものです。この電子ペットブームは、後のデジモンやその他の育成ゲームの先駆けとなりました。
たまごっちは育て方によって成長するキャラクターが変わるため、友達同士で「どんなキャラクターに育った?」という会話が生まれ、コミュニケーションツールとしても機能していました。学校によっては持ち込み禁止になるほどの社会現象となり、親世代も巻き込んだブームとなりました。
たまごっちのヒットを受けて、テレビアニメが製作されたり、ドラマの1シーンに登場したりするなど、メディアミックス展開も盛んでした。1992年生まれの方々にとって、たまごっちは単なるおもちゃではなく、当時の生活や友人関係を形作った重要なアイテムだったと言えるでしょう。
2021年には「たまごっちスマート」が発売されるなど、時代とともに進化しながら現在も展開を続けている長寿シリーズとなっています。懐かしさを感じる方は、現代版たまごっちを手に取って、当時の思い出と新しい機能を比較してみるのも楽しいかもしれません。
スーパーファミコンからPlayStation2まで進化したゲーム機の歴史
1992年生まれの方々は、ゲーム機の進化をリアルタイムで体験した世代です。調査によると、1990年代前半に全国の子どもたちを中心に爆発的なセールスを記録したスーパーファミコンから始まり、PlayStation、NINTENDO64、そしてPlayStation2へと、ゲーム機の黄金期を目撃しました。
スーパーファミコンは、それまでの8bitから16bitへと進化し、グラフィックが格段に美しくなりました。子供心に感動した方も多いのではないでしょうか。BGMもいかにもゲーム音楽だったファミコンと比べて音色数が増え、ゲームの世界観をより深く体験できるようになりました。
1996年にはNINTENDO64が発売され、スーパーマリオ64やマリオカート64など、3D化された任天堂の人気キャラクターのゲームが登場。同時期にソニーのPlayStationも人気を博し、ファイナルファンタジーVIIなどの名作RPGが生まれました。
2000年に発売されたPlayStation2は、DVDプレーヤーとしても機能し、多くの家庭に普及しました。この頃の子どもたちは、初めてDVDを視聴する体験もPS2を通じて行った方が多いようです。「ラチェット&クランク」などのアクションゲームが1992年生まれの子どもたちの心を掴みました。
この時代、ポータブルゲーム機もゲームボーイから、ゲームボーイカラー、ゲームボーイアドバンスへと進化。「ポケットモンスター」シリーズは1992年生まれの子どもたちの間で絶大な人気を誇りました。これらのゲーム機の進化は、1992年生まれの方々の遊びの形を大きく変えたと言えるでしょう。
懐かしの特撮ヒーロー番組はジュウレンジャーからクウガまで一気に変化
1992年生まれの方々が幼少期から小学生にかけての時期は、特撮ヒーロー番組の大きな変革期でもありました。調査の結果、この時期にはスーパー戦隊シリーズの「恐竜戦隊ジュウレンジャー」から「忍者戦隊カクレンジャー」、「激走戦隊カーレンジャー」など多彩な作品が放送されていました。
特に1992年に放送が始まった「恐竜戦隊ジュウレンジャー」は、RPGゲームの要素を取り入れたファンタジー系の戦隊として子どもたちの心を掴みました。「トーテンチャー!」と叫ぶ子どもたちの姿が各家庭で見られたのもこの頃です。
1993年には「五星戦隊ダイレンジャー」が始まり、拳法の達人の戦隊ヒーローが登場。画面に漢字がバーンと表示される演出がカッコよく、子どもたちの間で「ダイレンジャー」という言葉が流行語になるほどの人気でした。スケートボードに乗るキバレンジャーは、多くの子どもたちがクリスマスプレゼントにスケートボードをねだるきっかけになったようです。
2000年には「仮面ライダークウガ」が放送開始。それまでのスーパー戦隊シリーズとは一線を画す残酷なシーンも含まれ、小学校高学年になった子どもたちの間では「スーパー戦隊はダサイけど、仮面ライダークウガはアリ」という風潮が生まれました。2002年の「仮面ライダー龍騎」は戦わなければ生き残れないという過酷な設定で「ファイナルベント」という言葉が小学6年生の間での流行語になったほどです。
これらの特撮ヒーロー番組は単なる娯楽を超え、友達同士の会話の話題になったり、おもちゃの購入に影響を与えたりと、1992年生まれの子ども時代の文化形成に大きな役割を果たしました。今でも続くこれらのシリーズは、当時の子どもたちの心に深く刻まれていると言えるでしょう。
90年代後半に爆発的人気を博したデジモンとポケモンの対決
1992年生まれの方々が小学校低学年から中学年にかけての時期は、「デジモン」と「ポケモン」という二大モンスター育成コンテンツが競合していた時代でした。調査によると、1997年には「ポケットモンスター緑・赤」がゲームボーイで発売され、1999年には「デジモンアドベンチャー」がテレビアニメとして放送開始しました。
デジモンは携帯機器の中にいるキャラクターを育てて進化させるという、当時としては画期的なアイデアが採用されていました。ゲーム内で育てたデジモン同士をバトルさせるなど、白熱するゲーム展開が子どもたちを魅了しました。1999年にアニメ『デジモンアドベンチャー』が放映されると、同時期に発売されたデジヴァイスがヒットを記録し、多くの子どもたちがリアルとゲームを融合させた遊びを体験しました。
一方のポケモンは、1997年のゲームボーイソフト発売に続き、1998年にはテレビアニメが開始。「ポケモンカード」も大流行し、校庭や公園でカード交換やバトルをする子どもたちの姿が見られました。1992年生まれの子どもたちはちょうどこのポケモンブームの中心世代で、初代ポケモンのピカチュウ、フシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメといったポケモンは特に思い入れが強い方が多いでしょう。
デジモンとポケモン、どちらが好きかで友達同士で議論になることも多く、両方とも持っている子どもは羨望の的でした。特に1999年から2000年にかけては、映画館で「デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!」や「ポケモン・ザ・ムービー」シリーズが公開され、友達と一緒に映画を見に行くという新しい体験をした1992年生まれの方も多いのではないでしょうか。
これらのコンテンツは単なるゲームやアニメにとどまらず、カードゲームやおもちゃ、文房具など様々なグッズが展開され、1992年生まれの子どもたちの生活に深く浸透していました。現在でも続くこの二大シリーズは、当時の子どもたちの原体験として大切な思い出になっていることでしょう。
ミニ四駆とベイブレードはアニメと連動して男子の心を掴んだ
1992年生まれの男の子たちが夢中になったおもちゃといえば、「ミニ四駆」と「ベイブレード」は外せません。調査によると、1996年にはアニメ「爆走兄弟レッツ&ゴー!!」の放送開始と共にミニ四駆が大流行し、2001年には「ベイブレード」がブームとなりました。
ミニ四駆は、小さなモーターで走る四輪駆動のミニカーで、パーツを自分で組み替えてカスタマイズできる点が魅力でした。子どもたちは自分だけの最速マシンを作るために、お小遣いをためてパーツを購入し、友達同士でレースを楽しみました。アニメの主人公「星馬豪」のようにトライダガーを使いこなしたいと憧れる子どもたちも多く、中には幼稚園にこっそりミニ四駆を持っていき、砂地で走らせようとした子どももいたようです。
2001年に登場した「ベイブレード」は、次世代ベーゴマと呼ばれる回転するおもちゃで、アニメと連動して爆発的な人気を博しました。発売当初は売り切れ続出で、なかなか手に入らず、持っている子どもは学校の人気者になりました。各地で小さな大会が開催され、「3、2、1、ゴーシュート!」の掛け声と共に、自分のベイブレードを発射する瞬間は最高の高揚感があったことでしょう。
これらのおもちゃはただ遊ぶだけでなく、自分でカスタマイズする楽しさや、友達との対戦を通じたコミュニケーションの場を提供してくれました。また、アニメの影響もあり、「勝つために努力する」「友情を大切にする」といった価値観も同時に学ぶことができたのではないでしょうか。
現在では復刻版や新シリーズが発売されており、当時の懐かしさを感じたい大人たちや、新たに遊び始める子どもたちにも人気です。1992年生まれの方々にとって、ミニ四駆とベイブレードは単なるおもちゃではなく、成長過程での大切な思い出のひとつになっていることでしょう。
ファービーなど海外発の電子ペットも日本の子どもたちを虜に
1992年生まれの方々が小学生だった頃、「ファービー」などの海外発の電子ペットも日本の子どもたちを魅了しました。調査によると、アメリカのTiger Electronics社が1998年に発売したファービーは、日本では1999年に発売され、幅広い世代から爆発的な人気を獲得しました。
ファービーの最大の特徴は、独自の言葉「ファービッシュ語」を話したり、歌ったりすることでした。初めは「ファービッシュ語」しか話せませんが、接する時間が長くなるにつれて少しずつ日本語を覚えていくという進化するコミュニケーション機能が、多くの子どもたちを夢中にさせました。ふわふわとした毛並みを持ち、耳やまぶた、口が動くキュートな見た目も、女の子を中心に絶大な人気を誇りました。
また、「トーキングメモ」という音声録音機能付きのぬいぐるみも人気で、自分の声を録音して再生させることができました。友達同士でメッセージを録音し合ったり、いたずらで恥ずかしい言葉を録音してから友達に渡したりと、コミュニケーションツールとしても活用されていました。
さらに、「デジタルモンスター」に続いて登場した「デジタルペット」シリーズも多くの子どもたちが所有していました。「たまごっち」はバンダイの商品でしたが、他社からも様々な電子ペットが発売され、「ポチ」「うさデジ」など様々な種類が登場しました。
これらの電子ペットは、現代のAIやスマートスピーカーの先駆けとも言える存在で、1992年生まれの方々にとっては、最先端テクノロジーと触れ合う貴重な体験となりました。当時の電子ペットを通じて育まれた「テクノロジーへの親しみ」は、今のITリテラシーにも影響を与えているかもしれません。
現在では、「ファービー」の復刻版や新バージョンも発売されており、当時の懐かしさを体験したい方は、ぜひチェックしてみてはいかがでしょうか。

1992年生まれが小学生だった頃の懐かしいもので今でも語り継がれる文化
- プロフ帳とこうかんノートは90年代女子の友情ツール
- 一期一会やマインドウェイブは女子の心をくすぐった流行
- メゾピアノやエンジェルブルーなどナルミヤの洋服がステータスシンボルに
- 青い鳥文庫やめちゃモテ委員長など小学生の愛読書
- デコ電やメールアドレス変更など今では懐かしい携帯文化
- 香り付き文房具など独特の学校文化が平成を彩る
- まとめ:1992年生まれの懐かしいものが教えてくれる平成文化の魅力
プロフ帳とこうかんノートは90年代女子の友情ツール
1992年生まれの女の子たちが小学生だった時代、友達との交流に欠かせなかったのが「プロフ帳」と「こうかんノート」です。調査によると、これらは90年代後半から2000年代前半にかけて、女子小学生の間で大流行しました。
プロフ帳は、お互いのプロフィールを書いて交換し合うノートで、新学期には欠かせないマストアイテムでした。名前や誕生日といった基本的なプロフィール情報に加え、好きな食べ物、嫌いな食べ物、将来の夢、好きなタレントなど、様々な質問に答える形式になっていました。さらに中学年から高学年になると、恋バナや心理テストなども含まれ、友達のより深い部分を知るためのツールとして活用されていました。
一方の「こうかんノート」は、仲の良い友達で順番に回し書きをするノートで、「きょうのたんとう」や「LOVELOVE TALK」などの独特のワードが並んでいました。友達同士の秘密の会話や日記のようなものを共有できる場として、女子の絆を深める重要なアイテムでした。休み時間や放課後に「今日は誰が持ってる?」と確認し合う光景は、当時の学校生活の一コマとして懐かしく思い出される方も多いでしょう。
これらのコミュニケーションツールは、SNSやLINEが普及する前の、アナログながらも温かみのあるコミュニケーション方法でした。友達の字や絵、時にはシールやマスキングテープで装飾された個性豊かなページは、今見返すと当時の思い出がよみがえってくる宝物となっています。
現代の子どもたちがデジタルツールでのコミュニケーションが主流となる中、手書きの温かさや待つ楽しさを味わえたこの文化は、1992年生まれの世代ならではの貴重な経験だったと言えるでしょう。おそらく今でも実家の押し入れの奥にこれらのノートが残っている方も多いのではないでしょうか。久しぶりに開いてみると、懐かしい思い出と共に、当時の純粋な友情の形が蘇ってくるかもしれません。
一期一会やマインドウェイブは女子の心をくすぐった流行
1992年生まれの女の子たちが小学生時代に熱中したものの一つに、「一期一会」シリーズやマインドウェイブのイラスト・グッズがあります。調査によると、女の子の友情や恋愛を「一期一会」をテーマに描いた作品群は、多くの女の子たちからの共感を呼び、大ヒットしました。
「一期一会 運命ってヤツ。」などのタイトルで親しまれたこのシリーズは、粟生こずえ氏の文章とマインドウェイブのイラストが特徴的でした。スクールライフの一コマを切り取ったような言葉たちは、当時の女の子たちの感情を代弁するものとして広く受け入れられました。本やイラスト、シールやレターセットなど様々なグッズが販売され、多くの女の子たちが収集していました。
特に印象的だったのは「ズッ友だよ♡」「今日わめッッッちゃ語ろ☆」といった独特の言い回しです。現代ではやや古めかしく感じるこれらの表現も、当時は最先端のかわいい言葉として女の子たちの間で流行していました。クラスメイトと交わす会話や手紙、交換日記にもこうした言葉が頻繁に登場していたのです。
また、マインドウェイブのイラストは、大きな目に小さな鼻と口の愛らしいキャラクターが特徴で、シール帳やノートカバーなどに貼って自分のアイテムをカスタマイズする楽しみもありました。友達と「かわいい~」と言いながらシールを交換し合う光景は、当時の学校生活に欠かせない風景でした。
現在では「ちばしげ」さんの「ゥチらのスタンプ02」のようなLINEスタンプで、あえてこの時代の言葉遣いを再現したものもあり、同世代の間で懐かしさを共有するツールとして人気を集めています。平成っぽい言葉遣いは今となっては逆にその懐かしさが可愛らしく感じられ、当時を知る世代には特別な響きを持つものとなっています。
このように、一期一会やマインドウェイブのような文化は、単なる流行りものではなく、1992年生まれの女の子たちの成長過程を彩った重要な要素だったと言えるでしょう。今では懐かしく思い出される青春の一ページとして、特別な意味を持っているのではないでしょうか。
メゾピアノやエンジェルブルーなどナルミヤの洋服がステータスシンボルに
1992年生まれの女の子たちにとって、ファッションといえば「ナルミヤ」の洋服は特別な存在でした。調査によると、『mezzo piano(メゾピアノ)』や『pom ponette(ポンポネット)』『DAISY LOVERS(デイジーラヴァーズ)』などのブランドは、小学生女子の憧れの的となっていました。
メゾピアノは特に人気が高く、リボンやフリル、レースをふんだんに使った可愛らしいデザインが特徴でした。学校の授業参観や学芸会、友達の誕生日会など特別な日に着ていくファッションとして、多くの女の子が親にねだっていたものです。価格も子供服としては高めだったため、クリスマスやお誕生日プレゼントとしてもらえると特別嬉しかったという思い出を持つ方も多いでしょう。
また、『ANGELBLUE(エンジェルブルー)』のオリジナルキャラクター『ナカムラくん』も当時の女の子たちに大人気でした。このキャラクターはシンプルなデザインながらどこか憎めない魅力を持ち、2020年に大人向けのアパレルアイテムとして復刻版が発売された際には即完売になるなど、今でも人気を保っています。
これらのナルミヤブランドの洋服を着ることは、当時の女の子たちの間ではある種のステータスシンボルでした。学校に着ていくと「それ、メゾピアノ?」「エンジェルブルーのバッグだ!」と友達から注目されることもあり、おしゃれに目覚めた小学生女子にとっては特別な喜びでした。
1992年生まれの方々が子ども時代を過ごした90年代後半から2000年代前半のファッションは、現在ではレトロブームの一環として再評価されています。当時のナルミヤブランドのデザインは「Y2K」と呼ばれる2000年前後のファッションとして、今の若い世代からも注目を集めているほどです。
このように、メゾピアノやエンジェルブルーといったナルミヤブランドの存在は、単なるファッションアイテムを超えて、1992年生まれの女の子たちの成長や自己表現の一部として記憶に刻まれているのではないでしょうか。懐かしい写真でそれらを着ていた自分を見つけると、当時の思い出が鮮やかによみがえってくることでしょう。
青い鳥文庫やめちゃモテ委員長など小学生の愛読書
1992年生まれの子どもたちが小学生だった頃、読書文化も独特の流行がありました。調査の結果、『青い鳥文庫』のシリーズ本や『極上!!めちゃモテ委員長』などの漫画が多くの小学生の心を掴んでいたことがわかりました。
青い鳥文庫からは『6年1組 黒魔女さんが通る‼︎』や『泣いちゃいそうだよ』『若おかみは小学生!』など、小学生の日常に少しファンタジーを加えた作品が人気でした。特に『若おかみは小学生!』は小学生が老舗旅館の若おかみとして奮闘する物語で、後にアニメ化もされました。これらの本は学校の図書室でも人気が高く、貸出カードがびっしり埋まっているほどでした。
漫画では『極上!!めちゃモテ委員長』が女の子を中心に絶大な支持を集めました。にしむらともこ氏による本作は、優しくてしっかり者のクラス委員長「未海(みみ)」を主人公としたストーリーで、タイトル通り「モテる」ための様々なシチュエーションが描かれていました。当時の女の子たちにとっては、恋愛のバイブル的存在だったと言えるでしょう。
また、この時期は「ハリー・ポッター」シリーズが映画化されたことで読書ブームが起こった時期でもありました。映画「ハリー・ポッターと賢者の石」が公開されたのは2001年で、1992年生まれの子どもたちが小学4年生頃のことです。それまで読書が苦手だった子も、映画をきっかけに原作小説を読むようになったという例も多く報告されています。同時期には吸血鬼少年の物語「ダレン・シャン」シリーズも人気でした。
文庫本以外にも、「ヒカルの碁」や「テニスの王子様」などの漫画の影響で、囲碁やテニスに興味を持ち始めた子も多かったようです。これらの作品は単なる娯楽を超えて、新しい趣味や興味を開拓するきっかけを与えてくれました。
1992年生まれの方々にとって、これらの本や漫画は単なる読み物ではなく、成長過程で重要な価値観や感性を育てたメディアとして思い出深いものとなっているでしょう。大人になった今改めて手に取ってみると、当時とは違った視点で楽しめるかもしれません。
デコ電やメールアドレス変更など今では懐かしい携帯文化
1992年生まれの方々が中学生に差し掛かる頃、携帯電話文化が急速に広がりました。調査によると、現在では「ガラケー」と呼ばれる折りたたみ式の携帯電話を自分なりにデコレーションする「デコ電」文化や、メールアドレスを頻繁に変更する習慣など、今となっては懐かしい携帯電話文化が存在していました。
「デコ電」は携帯電話の本体にラインストーンやシールを貼り付け、自分だけのオリジナル携帯電話に仕上げるというものでした。特に女子中学生の間で大流行し、100円ショップで売られていたラインストーンシールを使って、自分でデコレーションする子もいれば、専門ショップでプロにデコレーションを依頼する子もいました。また、携帯電話には大量のぬいぐるみストラップやキーホルダーをつけるのも流行しており、「ケータイの重さ」が自慢になることもあったほどです。
また、「アド変(アドレス変更)しました」というメール文化も特徴的でした。現在のSNSではIDやプロフィール欄をお洒落にするのが主流ですが、当時はメールアドレスがその役割を担っていました。「○○○love××△△@…」といった複雑なアドレスに変更し、友達に新しいアドレスを知らせるメールを送る習慣がありました。これは今でいうLINEのID変更に近いものですが、より頻繁に行われていた印象があります。
さらに、携帯電話での会話では「何月何日何時何分何十秒?地球が何回まわったとき?」といった独特のフレーズが使われていました。これは軽い言い合いになった時などにふざけて使われるもので、一種の流行語のような位置づけでした。
これらの携帯電話文化は、スマートフォンが普及した現代では見られなくなりましたが、1992年生まれの方々の中学生時代を彩った重要な記憶の一部となっています。当時の写真を見返すと、デコレーションされた携帯電話を手に写っている自分の姿に懐かしさを感じることでしょう。
携帯電話の進化と共に消えていったこれらの文化は、テクノロジーの変遷と共に移り変わる若者文化の一例として、今では貴重な平成時代の証言となっています。
香り付き文房具など独特の学校文化が平成を彩る
1992年生まれの方々が小学生だった時代、教室の中には独特の文房具文化が広がっていました。調査によると、お菓子や果物などの甘い香りが付いた文房具は女の子たちの間で大人気で、ペンや消しゴムなど様々な種類が存在していました。
特に人気だったのがいちご、メロン、チョコレートなどの香りがする消しゴムです。授業中にこっそり香りを嗅いだり、友達と交換し合ったりする光景がよく見られました。また、フルーツや食べ物の形をした消しゴムを集める子も多く、「集めるほど幸せになれる」といった噂も広がっていたようです。
鉛筆にも様々な特殊なものがありました。「ドラクエのバトエン」と呼ばれる鉛筆にはドラゴンクエストのモンスターがプリントされており、記載されている技を使ってバトルを楽しむという遊びが流行しました。また、香り付きの鉛筆や、削ると虹色に変わる芯の鉛筆なども人気でした。
シャープペンシルは「Dr.Grip(ドクターグリップ)」や「α-gel(アルファゲル)」など、握りやすさを追求した太めのグリップが特徴的なものが流行し、勉強熱心な子どもたちの間で「これを使うと勉強がはかどる」と言われていました。
また、定規やのり、修正テープなどの文房具も個性的なデザインのものが多く、キャラクターものや蛍光色のポップなデザインが主流でした。文房具を見せ合うことも一種のコミュニケーションとなっており、特に新学期には友達の新しい文房具に注目が集まりました。
1992年生まれの方々にとって、これらの文房具は単なる学習道具を超えて、友情を育んだり自己表現をしたりするためのアイテムでもありました。文房具店やデパートの文具売り場は、子どもたちにとって宝の山のような存在で、お小遣いを握りしめて訪れては新作をチェックするという楽しみがありました。
今では当たり前となったデジタル文具やシンプルで機能的な文房具が主流となる中、香りや形、色彩豊かなアナログ文具が溢れていた平成の学校文化は、独特の魅力を持っていたと言えるでしょう。懐かしい香りに再び出会えたら、一瞬にして小学生時代の記憶が蘇るのではないでしょうか。

まとめ:1992年生まれの懐かしいものが教えてくれる平成文化の魅力
最後に記事のポイントをまとめます。
1992年生まれの方々が子供時代を過ごした平成初期から中期にかけての文化は、デジタルとアナログが混在する独特の魅力を持っていました。多種多様なおもちゃや文化を通じて、この世代ならではの思い出や価値観が形成されてきました。
- たまごっちは1990年代後半に社会現象となり、電子ペットブームの先駆けとなった
- スーパーファミコンからPS2まで、ゲーム機の進化を体験した最初の世代である
- 恐竜戦隊ジュウレンジャーから仮面ライダークウガまで、特撮ヒーローの変革期を目撃した
- デジモンとポケモンの二大モンスターコンテンツの対立は、この世代の大きな思い出となっている
- ミニ四駆とベイブレードは、アニメと連動して男子の心を掴んだ代表的なおもちゃである
- ファービーなどの海外発電子ペットも日本の子どもたちの間で大流行した
- プロフ帳とこうかんノートは、デジタル通信以前の友情ツールとして重要な位置を占めていた
- 一期一会やマインドウェイブのイラストは、当時の女子文化に大きな影響を与えた
- ナルミヤの洋服ブランド(メゾピアノやエンジェルブルーなど)は小学生女子の憧れの存在だった
- 青い鳥文庫やめちゃモテ委員長などは、小学生の読書文化を形作る重要な存在だった
- デコ電やアド変などのガラケー文化は、スマホ時代前の独特のコミュニケーション方法だった
- 香り付き文房具に代表される個性的な学用品は、平成の学校文化を象徴するアイテムだった
- 平成生まれの懐かしい文化は、今では一部がリバイバルブームとしてY2Kファッションなどの形で再評価されている